昭和時代 (後期) 三十年〜六十三年

長手会席膳鳳凰蒔絵 45cm×30cm×3cm

塗師 八井汎親
蒔絵師 木谷信夫


戦後、漆器の材料が不足した時代、色蒔絵と沈金を組み合わせて
華やかな模様を描くのを張間麻佐緒先生が考案した。

歴史

昭和三十三年 長崎国旗事件。
中国から漆が入らず漆が高騰し、輪島の漆器関係の人達は「漆をよこせ」
とムシロ旗を立てて町中を行進しました。
昭和三十一年、三十三年、三十四年 八月二十六日
槍のような雨が降り輪島川が大氾濫をを起こし本町通り(大徹)まで床上50cm
浸水し、塗物の原図がみんな水に浸かって駄目になりました。昭和五十一年
組合長 山崎徹司朗は沈金図案集を発行。

昭和二十九年

前大峰氏が日展審査員に。

昭和三〇年


榎木盛氏が日展に出品した棚が特選となり漆芸作家を目指す人が続出。
映画「忘却の花びら」などで能登半島が紹介され観光ブームがおとずれました。
観光客に工房を見学させて商品を売る大型店が大繁盛する事になりました。

昭和六十三年


日本に土地ブームが起こり土地成金が続出したが、土地売買規制法などが
出来てバブルがはじけ景気が下降するようになりました。